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今日のemon:民のいない神/Gods Without Men

民のいない神_900
個展(リンク)出品作の紹介第四弾は、emon シリーズから、ハリ・クンズル作『民のいない神』(木原善彦訳、白水社、2015)。最新刊のこの小説を emon 化してみました。ちなみに、emon というのは私の造語で、「絵紋」つまり、「絵」を並列して模様化したシリーズにつけてるシリーズタイトルです。文字を模様化した作品を jimon シリーズとしてつくっていますが、これにならったもので、「絵」は実物でもなにかの図案でもなんでもいい……まあ、文字以外の図像はすべて「絵」と解釈してやってます。この作品の場合は、図書館で借りてきた本をオブジェとしてやってみました。
民のいない神_part
この本の作者のハリ・クンズル(Hari Mohan Nath Kunzru)さんは、1960年生まれのインド系イギリス人作家だそうで、今はニューヨークにお住まいだとか。この小説は、カリフォルニアのモハーベ砂漠(Mojave Desert)に立つとされる3本の奇岩(ピナクル・ロック)をめぐる物語で、いろんな時代のいろんな人たちが登場するんですが、ストーリーの骨格は、アメリカに移住したインド人の2世?のジャズ(ヘンな名前ですが)が奥さん(白人女性)と子供づれでここを訪れ、息子のラージくん(これも変わった名)が「神隠し」にあうという……そんな感じです。

で、この「神隠し」が、もしかしたら「宇宙人による誘拐」ではないかという雰囲気が漂う……この3本の奇岩の場所には、大航海時代にここに来たスペイン人神父が「天空からの人々」にあったという話からはじまって、1950年代にはあるUFOコンタクティを「教祖」とするUFOオカルト教団みたいなのが繁殖したりとか、いろんなお話が錯綜しながら紹介されます。ラージが「神隠し」にあうのは2008年で、基本はほぼ現代のお話なんですが、主人公格のジャズは、物理学者で、金融業界で確率論を応用した投資ソフトの開発にたずさわって高給をもらっている。アメリカの金融業界では、こういう人(研究者くずれのIT技術者)が多いようで……

リーマン・ブラザーズの倒産による金融危機とか、それが実は彼が開発の一端を担っていた投資ソフトによるものだったのかもしれない……とか、サブストーリーにもことかかず、全体はまことに映画的……『クラウドアトラス』という映画がありましたが、雰囲気はそんな感じです。この小説は、やがて映画化されるかもしれません……まあ、それはともかく、読んでいて感じたのは、「寸止め」が効いてるなあ……と。「宇宙人」の雰囲気は濃厚なれど、『未知との遭遇』みたいなふうには絶対ならない。金融ソフトの問題も、「かもしれない」以上には行かない……

要するに、「ご本尊」は絶対にわからない、見せない……ということなんですね。現代の考え方としては……「そういうもの」を信じる人はいてもいい。だけど「そういうもの」が実在するのかどうかはわからない……それは、結局永久にわからないのであって、われわれは、そういう時代のものとして、ここに立つしかないのだ……と。これ、やっぱり今の時代の気分だと思います。信じたい人は信じてもいい。だけど、それが「本質」というところまでは絶対に届かない……まあ、数学でいう「漸近線」みたいなもので、無限に近寄れるけれど、ドンピシャにはならない……衝突回避というのか……

考えてみると、「絶対に信じる」というところを起点にして、いろんな争いが起こっているように見える。まあ、イスラム国なんか典型ですが、思想の核、自分自身の核……そういった「のっぴきならない場所」はつねにソフトフォーカスでぼやかす……「他者」が入れる余地を残しておく……これが、単なる「処世の智恵」を超えて、すでに「思想自体」になりかかっている……そんな印象を受けました。ポストポストポストの時代というか……もう、いろんな争いに嫌気がさした世代……そういう世代が大人になって、ちょっと今の文明はどうにかならんもんでしょうか……という、そういう控えめな気持ちの吐露みたいな感じもします。

ところで、訳者の木原さんの解説によると、3本岩の下にコミュニティをつくったUFOカルトにはモデルがあるそうで、1950年代のアメリカのコンタクティ、ジョージ・ヴァン・タッセル(George Van Tassel)氏のカルトなんだとか……小説に出てくる3本岩はフィクションですが、ヴァン・タッセルさんは、モハーベ砂漠に実在する「ジャイアント・ロック」という奇岩のそばに拠点をもうけて、たくさんの人を集めて「UFOコミュニティ」みたいなのつくってたらしい……世界中から「信者」が集まって、一時はタイヘンなものだったらしいですが、小説の中には、それを彷彿とさせるシーンがなんども出てきます。

ヴァン・タッセルさんがコンタクトしていた宇宙人の集団は、「アシュター・コマンド」(Ashtar Command)と呼ばれる方々ですが、この名称は、小説の中でもちゃんと出てきます。日本語訳では「アシュター銀河司令部」となっていましたが……小説では、むろん、宇宙人本人?が出てくるわけではなく、ヴァン・タッセルさんがモデルとなっているとおぼしき「教祖」さんがメッセージを受ける先が、この「アシュター銀河司令部」……ちなみに、この「アシュター・コマンド」の通信は、現実世界では今も継続しているようで、ネットで読めます(しかも日本語訳で)。
http://nmcaa-kunimaru.jp/message.from.ashtar.html

アシュターさんの肖像を載せているサイトもありました。金髪碧顔のもろコーカソイド(アシュターさんは、この人種に縁が深い)で、「司令部」というだけあって軍服を着ている……もう、ここまでくるとどっかのアニメの世界だ……
http://ameblo.jp/kenji9244/entry-12011111812.html
クンズルさんのこの小説は、さすがに寸止めが効いていて、こういうところには絶対に立入りません。ここへ立入ると、寿命が短いというか、その先がないというか……これはまた、「創作のヒミツ」でもあって、ある高度を保持しないと、創作自体が瓦解崩壊する……

ということで、この小説は、悪く言えば隔靴掻痒、永遠の宙ぶらりん。良くいうなら自己抑制が美しい……そんな感じでした。それと最後に、私とこの小説の出会い……ある日、いつも行く街の図書館で、ふと新刊コーナーを見たら、新刊が1冊だけ……で、それがこの本だった。「民のいない神」?なんじゃろ……タイトルにひかれ、岩の横に停まる昔のアメ車の表紙にひかれてつい手に取る……訳者の木原さんの解説をちょっと読んで、ん?ヴァン・タッセル?……よし、これ借りよう……ということで、考えてみればふしぎな出会い……新刊の棚に1冊だけ、なんかいぶし銀の光を放ってそこにありました。まるで私を待つかのように……