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私の職業はチューリングテスター。チューリングテストって、知ってるかな? アラン・チューリングって科学者が開発した、人工知能の性能を判別する試験なんだけど、てっとりばやくいえば、ブラックボックスの中にコンピュータを入れといて、いろんな質問をして、中に入ってるのが人間かコンピュータかを当てるっていうテストのことだ。
ここは、イベント会場。舞台の上にはいろんなゆるキャラがずらっと並んでる。一体ずつ呼び出されて、人間と並んで同じ質問を受ける。その答え方によって、ゆるキャラの中に入ってるのが、人間かコンピュータかを判定するのが私の仕事だ。ん?なんでそんなことをやるかって? まあ、昔は、ゆるキャラの中に入ってるのはみんな人間だったけど……
近頃は、人工知能の進歩で、そんなヤツが中に入ってるゆるキャラもいる(らしい)。で、私のような職業が成立するわけさ。そんなことしてどうするのって? まあ、それは、イベント。客寄せのイベントだね。みんな、あのゆるキャラは人間なのかコンピュータなのかって気にしてる。だから、その判別テストをやる。これがけっこう人気でね。
いろんな質問をしてみる。たとえばこんなふう。「このしんしはしんしのこ。ハイ、これは回文でしょうか?」人間だと、やっぱ、ちょっと考えるよね。コンピュータなら一瞬で判断できる。でも、即答するとバレちゃうから、いかにも人間が考えて答えるような間をおいて答えてくる。「えーっと……回文になってると思いますね」まあ、こんなふう。
ところが、私の方も、そこはプロだからね。ビッグデータから、コンピュータと人間との回答パターンのわずかな差を解析して質問別に備えてあって、それと参照して見抜くんだ。人間の回答と、それをまねたコンピュータの回答には、細かなパターンの差があって、何度も質問を重ねるうちに、おおよその見当がついてくる。
もちろんコンピュータ側もビッグデータを参照して、見抜かれないように人間そっくりの回答パターンで答えてくるんだが……そこはそれ、プロにしかわからないようなほんのわずかのちがいを見抜く技術ってもんがある。ん? それはどうやるんだって? いやあ、ダメダメ。それこそ企業ヒミツってもんだよ。ぜったいに公開できないね。
まあ、そんなこんなで、いろんな質問で会場を盛りあげるんだけど、とどめを刺すのは御法度。決めつけたりせずに、たとえばこんなかたちでしめくくる。「フナモンさん、あなたは96%コンピュータだという判定になりますね」これに対して、反論するヤツもいればとぼけるヤツもいる。その反応に、またいちいち会場が盛りあがるって寸法で……
といってるうちに、舞台上のゆるキャラ全員のテストが終了。すると、司会の女性が、おもむろに私の方をふりかえって言う。「それではみなさん、お待たせしました。最後に、このチューリンがチューリングテストを受けますよ。さあ、結果はどうなるでしょうか?」すると、会場全体から拍手。私は、おもむろに被験者席に移動する。
そう。なにをかくそう……実は、私自身も、チューリンというゆるキャラなんだ。チューリングテストを専門にやるゆるキャラとして、私の名も、もう全国に知られている。ゆるキャラチューリングテストの最後に、私自身のテストがあって、わっと盛りあがっておひらき……まあ、だいたい、そういうパターンなのさ。
「じゃあ、いいですか、チューリンさん。第一問、いきますよ。」最後は、人間の試験官が私に質問してくる。もう慣れっこになってるので、できるだけ人間らしく答えてやる。まあ、これは、私の方が、人間の試験官がホントに人間なのか、それを判定するチューリングテストみたいなものかもしれないね……
さて、みなさん、この私、ゆるキャラチューリンは、はたして人間なのか、それともコンピュータなんでしょうか……実は、私自身にも、そろそろわからなくなってきたんだけど……(おしまい)
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この間、野外活動研究会の人たちと、ゆるキャラの話題で盛りあがりました。で、おもしろかったのが、「ゆるキャラの中にコンピュータが入ってるヤツっているんだろうか……」というギモン。なるほど……みんな、無条件に人間が入ってるって信じているけど、もしかしたら中にコンピュータが入っていたということも……
それで考えたのが、このショートショートです。まあ、コンピュータと人間の判別テストというとまっさきに浮かぶのが、このチューリングテスト。これは、実際には、人工知能の性能を判定するテストらしいんですが、そこはまあ、強引に、コンピュータか人間かを判別するテスト……というふうにしちゃいました。
現在のゆるキャラは、なぜかふなっしーを除いてはみんな喋りませんが、チューリングテストは、喋らなくてもいいみたいです。キーボードを打つとか字を書くとか、どんな通信手段でもOK。要は、「考える能力」を見るということなんですが……ただ、「考える能力」というのであれば、単純計算なんかだと当然コンピュータが勝つ……
なので、これは、「人間が考える」というその特殊性に着目したテスト方法らしい。そのあたりが、実は、精神と物質の二元論みたいな哲学的モンダイにも関連しているらしいのですが……もし、「物質から造られた」人工知能が、このテストで完全に人間であると判定されてしまったら、それは逆に、人間の「精神」自体も物質的なものだと……
判定されてしまうということになる……チューリングさんの基本的な考えは、もしかしたらそんなところにあったんじゃないかなと思います。ということは、人工知能の研究は、実は人間精神の研究にもなっているということで……これは、観点としては実におもしろい。マルクスの唯物論とはまたちがったかたちの唯物論の提唱になっている。
人間は、人間の精神を真似られるくらいの高度な人工知能を開発しようとするけれど、それは同時に、人間の精神が、完全に物質の中に取りこまれていくということを意味する。人間は、自分の精神は「安全地帯」に置いといて、あくまで主体として、客体としての「人工知能」を開発しているつもりになっているんだけれど……
それが、実は、その研究の一歩一歩が、人間の精神を物質の側に引きずり出している行為となっているのにそれを知らない……チューリングという人は、こういう意味において、かなりやっかいな哲学的な難問を提出した人という評価もできるのではないでしょうか……今日のコンピュータの基礎理論は、多くを彼に負っているといいますが……
これはまた、新しい時代の哲学といいますか、ものの考え方にも非常に大きな影響を与えているといえるかもしれません。これからの数十年間は、人工知能のモンダイが、社会的に相当大きなインパクトを与える……つまり、今の原子力みたいに、いったん造りだしてしまったらもうコントロールが効かないような状態になるとも……
いわれていますが、それはそうかもしれない。原子力のモンダイは、いかにも19世紀的なパワーとダメージの鉄槌みたいに人類を襲いますが、人工知能のモンダイは、生命科学のモンダイと合わせて、人間の哲学観や倫理観に強烈な打撃を与える「20世紀的毒」として、もしかしたら致命的な影響力をもってくるかもしれません。
ゆるキャラ……このぶきみな方々が世の中を席巻しはじめたのは20世紀の終わり頃だと思いますが……中に入っているのが人間であると信じて疑わない……信じることができ、疑がえない時代は、もしかしたらもうすぐ終わるんではないでしょうか。で、その先は……というと、もう、人間と人工知能が、「原理的に」判別不能の時代に突入する……
それは、人工知能が人間的になっていくという方向性と同時並行的に、人間が人工知能的になっていくという方向性を含んでいる。おめでたい人間の方は、前者の方向性しか認識していませんが……つまり、自分が主体で不変であるという根拠のないふしぎな立ち位置を信じて疑いませんが、その間にも、人間の人工知能化が着々と進んでいるとしたら……
この間、TVで、人工知能とプロ棋士の対戦というのをやってましたが……勝ち負けよりも気になったのは、人間の棋士が、人工知能の「さし手」を研究して、人間同士の対戦でも、その「人工知能の一手」を積極的に使おうという傾向が出てきているという報道でした。ときどき、人工知能は、人間には考えつかない手を使うことがあるそうで……
それに感心した?プロ棋士が、それを真似てみたらけっこううまくいくじゃないかと……これって、使ってる本人は、あくまで自分は人間であって、その人間が、人工知能の考えたさし手を応用してるにすぎないと思っているかもしれないけれど……実は、その人は、その分だけ人工知能になっちゃってるんじゃないか……そうは考えられないかな?
まあ、そこは考え方しだい……と言ってるうちはいいのですが、そのやり方がはやると、それぞれプロ棋士は、「おかかえ人工知能」みたいなものを持つようになって、その連中が「考えた」手に頼るようになるかも……もう、そうなると、すでに半分以上人工知能にのっとられているともいえるわけで……
まあ、それが嵩じてきますと、人間特有のものだと漠然と思っている情緒や感情の分野、さらには芸術みたいなものに至るまで、人間が人工知能化して、新しい人工知能的感情や情緒、芸術が生まれて、それがまた影響を与えて……そういうふうにして、人間自身も大きく変化していきます。
SFで、人間と機械の対決というのは一つのパターンになってる感じですが、これの場合は、あくまで人間は人間、機械は機械という一種の「二元論」がベースにある。しかし、実際に現在進行しているパターンは、人間が人工知能を進化させると同じ度合いで、人工知能が人間自身に変化を加えている……ということなのではないでしょうか。
アラン・チューリングの覚めた熱い心は、もしかしたらそんな世界をすでに見透していたのではないか……そんなふうにも思います。人間の精神は、それだけで囲われた絶対不変のものではない。むしろそれは、環境に従い、自分の造りだしたものによってどんどん自分自身が変化させられていく……そういう、アマルガムなものかもしれない……
そういうことになりますと、あらためて、「人間の心って、なんだろう?」というクエスチョンが生じてきます。それは、もしかしたら、人間自身が思っているほど特別なものではないのかもしれない……この21世紀という新しい時代は、それを人間が認識して、それでも「人間の役割って、なに?」と問い続ける世紀になるのかもしれません。
最後に、ちょっとチューリングさんのことを……彼は、イギリス生まれの早熟の天才で、現在のコンピュータ理論の基礎をつくった人といわれています。ハードウェアが追いついてないうちにソフトウェアの基礎理論をつくってしまったみたいな感じらしくて、現在のコンピュータはみな、彼の設計した理論の上で動いている……まあ、サイバー釈迦みたいな……
その掌から出られないということで、今、いくらスゴイコンピュータをつくっても、ぜんぶ彼の設計した理論マシン(チューリングマシン)の上で動く……そういう人だったらしいのですが、人間的にはかなり欠陥が多かったみたいで(いわゆる変人)、さらに同性愛が発覚して、社会的名誉を剥奪されてついには自殺(といわれている)……。
当時(20世紀なかば)のイギリスでは、同性愛は御法度だったみたいで、彼の名誉が公式に回復されたのは、なんとつい最近、2009年のことだったそうです(英首相が公式に謝罪)。もっとも、数学やコンピュータテクノロジーの分野では早くから評価が高まり、コンピュータ関連のノーベル賞といわれる「チューリング賞」が創設されたのは1966年……
彼の死については、ナゾが多く……ウィキによりますと、青酸中毒で、ベッドの脇にはかじりかけのリンゴが……このリンゴに青酸が塗ってあったかどうかはわからないらしいのですが、まるで白雪姫のようだ……で、チューリングは永遠の眠りについたけれど、彼のマシンはその後、粘菌のように繁殖して今のコンピュータ社会をつくった……
そういうことのようです。いずれにしても、彼は、ある意味、哲学者でもあると思います。まあ、実際に、ヴィトゲンシュタインの講義なんかも聴いていたらしいですが……私は、ニコラ・テスラ、テルミン、バックミンスター・フラーの三人はまちがいなく宇宙人だと思ってましたが、一人増えました。アラン・チューリング。彼も……
宇宙人? いや、もしかしたら人工知能だったかもしれません。96%?の確率で……