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19世紀の終了/The end of the 19th century

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トランプくん、ついに大統領に……
これで、長かった19世紀もついに終了……
J.S.バッハの死の年、つまり1750年から、なんと266年続いた。
ナンマンダブ……

私は、「拡大版19世紀」という妄想?を持っていて、19世紀というのは、実は百年ではなく、数字の19世紀(1801年~1900年)をはさんで前後に伸びているのではないか……と、そう思っていました。(リンク)

じゃあ、拡大版19世紀のはじまりは?というと、これは、J.S.バッハの亡くなった年、つまり1750年に置くことができる。これは、私のなかではなぜかすんなりと、疑いの余地のないスタート地点として、ずっとありました。

しかし……19世紀の終わりは?というと、これが見えない。第二次大戦の終了した1945年かな?と思ったこともありましたが、でも、戦後の人々の暮らしは、やっぱり戦前の暮らしを継承しているように思える。「暮らし」という観点からすると、ホントに世の中が大きく変わったのは、高度経済成長が終息を見せはじめる1970年くらいじゃないか……

しかし、このピリオドも、やっぱり完全に正確とはいえない気がした。はじまりのJ.S.バッハの死の年、1750年にくらべると全然ボケてる。「21世紀」に入っても、なんとなく19世紀がまだ延々と続いている……そんな感じがしていました。

しかし、昨日、トランプくんが大統領になった!その報道をきいて、「ああ、これで、あの長かった19世紀が、ようやく終わった!」と、そう感じました。

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これからは、「素の時代」、「ホンネの時代」になるんだと思います。

彼の勝利のかげに、「隠れトランプ」なる人々がいた……そういうことも言われていますが、「オレはトランプに入れるぜ!」というのが恥ずかしい。インテリがそうだったと言われますが……自分の素の部分、ホンネではトランプ氏の言ってることにおおいに共感しながら……でも、やっぱりそれを口に出していうことはできない……なぜなら、それは「理性」に反するから。

人種差別、イスラム排斥、女性蔑視、マイノリティ抑圧、保護主義……「白」のオレたちだけが良ければそれでいい、違うヤツらは出ていけ!……こういう考え方は、たしかに「ヒュマ二ティ」には大いに反します。アメリカには、「ポリティカル・コレクト」という言葉があると聞きましたが……これはつまり、「人種差別? そんなのフツーにダメじゃん」とか「女性蔑視? アンタいつの時代の人?」とか、そういう「政治的には当然正しい」という考え方をさすらしい……

そこらへんの「低賃金労働者」ならトランプ的な「アホな考え」もしかたないけれど、あんたは立派なインテリでしょ? インテリがそんな考えでいいの?……ということで、「トランプ支持」をなかなか人前で言い出せないインテリ……そういう人が、今回の「大崩壊」のきっかけになった?……

あるいはそうかもしれません。しかし、私は、今回の「番狂わせ」は、今、世界で起こっている一つの大きな流れの一環……それも、もっとも目立つ形で突出した巨大な波ではないか……と、そう感じます。

イスラム国、テロ、各国が保護主義になって時代錯誤のヘンな右翼が台頭……だれもが自分のことしか考えられなくなって、「社会が悪いのは、オレの暮らしがいかんのは、アイツのせいだ! アイツらが悪い!」と叫びだすこの社会……もう、理想も理性もどっかにふっとんで、みんなが自分やまわりのことしか考えず、ああ、人類って、こんなにナサケナイ種だったのか……と思わず嘆息……

しかし……よくよく考えてみれば、その「理想」や「理性」が、それほどに完璧なものだったのか……人類のいろんな考えやものの感じ方を、無条件に突破して「上位」に置かれるほどにすばらしいものだったのか……かなり厳しい言い方になりますが、その「メッキ」がどんどん剥がれつつある……そんな時代に入っているなあ……と、そう感じます。

そして……考えてみれば、そういう「理想」や「理性」が、「絶対のもの」として確立されてきたのが19世紀……その「準備」と「残響」の時代を合わせて、1750年から今年、2016年まで266年間も続いた「19世紀」だったのでした。

この「拡大版19世紀」のあいだに、人類の科学技術は信じられないほどの「進歩」をとげましたが、それを支え、またその果実によって形成されてきたのが、「19世紀思想」だったと思います。万博やオリンピックもぜんぶここに入る……

この長い「19世紀」の間に、人類は、現在「ポリティカル・コレクト」として形成されているさまざまな「理性的考え方」を築きあげてきたのだと思います。たくさんの人々の悲惨な苦しみを代償として……だから、そういう「理性による支配」は、もうすでに盤石なものと思われていた。

しかし……人間の心の根っこに根ざすものというのは、そう簡単に、理性ごときにやられて根だやしにされてしまうものではなかったのですね……やっぱり、その傾向が顕著になってきたのは、最近、とくに21世紀に入ってからではなかったか……あの、9.11がツインタワーの崩壊により印象的に世界の人々に見せつけた「アンチ理性」の反乱……それは、世界中で同時に噴き出し……ついに、今年、「トランプ大統領」として結集した。

「理性?ポリティカルコレクト?なにをキレイゴトばかり言っとるんじゃ。そんな絵に描いた餅より、もっとだいじなのは、オレの生活が良くなることじゃ!」と叫ぶ人々が世界中に……

インテリは、「お前たち、自分のことばっかり考えてて、恥ずかしくないのか!もっと世界全体、人類全体のことを考えないと……ナサケナイやつらじゃのう」と言いますが……そして、21世紀を迎えるまでは、けっこうそういう考えも通用してきたように思いますが……もう、ここに至るとダメですね。で、「理性の大崩壊」が起こって、とうとう「トランプ大統領」……

長い19世紀の間に、人類がおびただしい犠牲を払ってつくりあげてきた「理性の殿堂」……それが、あっけなく崩壊した。もう世界中、人々はみな「自分のこと」しか考えられなくなっている。インテリにとっては、これは「世界の崩壊」であり「人類の終末」と映るかもしれませんが、それは、ホントにそうなんだろうか……

私は、もしかしたら、もうちょっと違う傾向なんじゃないか……と思います。今まで「理性」でムリヤリ抑えられてきた人々の「ホンネ」がついに噴出……第一次、第二次大戦の「クスリ」がもう切れかかって、戦争を知らない世代が人口の大部分となった今、「苦しみの実感」ははるか遠くに流れ去り……

ということで、これからは、「理性というタテマエ」が外れた「ホンネの時代」に入るんじゃないかと思います。人々の「素の心」はいったいなにを求めるのか……それはまた、今まで血と汗と涙で築いてきた「理性」に対する批判にもなると思う。人類が、266年という長い「19世紀」の間に苦労して造りあげてきた「理性」。その正体が、これから明らかにされます。そして、これからはじまる「大洪水」のあとにはどんな世界が来るのだろうか……たぶん私は死んでますが、もしかしたら生まれ変わって、その「新しい世界」にいるのかもしれない……ナンマンダブ。

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オマケその1.19世紀のつめあわせ。理性、理想、理念、民主主義、オリンピック、万博、原子力、宇宙開発、EU、TPP、ポリティカル・コレクト、グローバリズム……いろいろ入ってます。でも……袋に書いてある「賞味期限」、よく見ると、なんと「2016年11月8日」でした。

まあ、「賞味期限」であって、「消費期限」じゃないから……ということで、まだ食べられるんじゃ……という意見もあるのかもしれませんが、衰退していくもの、消えゆくものをいつまでも追っかけるのもムナシイことかもしれません。いずれにせよトランプさん、「パンドラの箱をあけた男」になってしまいました。底に「希望」が入っていればいいのだけど……

オマケその2.12日のNHKの番組で、日本文学を研究されているロバート・キャンベルさんが、今回の「トランプ現象」について、おもしろいことを言っておられました。正確に再現はできないのですが……今回のことで、「これまで、地球温暖化の会議なんかを普遍的に支えてきた考え方が崩壊しはじめたというのがいちばんの問題」みたいなことを言っておられた。

ハッとしました。やっぱり、文学系の人って、見方が深い。今回の「現象」を、単に「分断」とかの表層的な観点からとらえるのではなく、これは、もしかしたら「普遍の崩壊のはじまり」ではないか……と、そんなふうにとらえておられるように思えた。

考えてみれば「普遍」というのも、元々からそこにあるものではなく、それはもしかしたら、人類が、長い歴史のあいだに「つくりあげた」ものなのかもしれない。元々そこにあるものを見出すのは「発見」ですが、新しくつくりあげるのは「発明」……

はたして、「普遍」は「発見」なのか「発明」なのか……もし、それが「発見」であるとしたら、今回一度失われても、それはなくなったワケではなく、底流にきちんと存在していて、将来またそれを「発見」することは可能です。しかし、もしそれが「発明」だったとしたら……一度失われたものは、もう二度ととりもどせないかもしれない……

そうすると、人類の歴史というものは、塗炭の苦しみのなかで、莫大な犠牲を払って、ようやく「普遍」を「発明」したのだけれど……それが、今現在、つまり「2016年11月8日」をピークとして衰退し、失われてしまう……ということは、「人類の歴史のピーク」もまたここにあったのか……

どうなんでしょうか……

オマケその3.アメリカ大統領選挙だけは、全人類が投票できるようにしてほしい。

ヤメリンピック?/no more olympic?

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毎日、オリンピックのニュース。
金メダル、何個とったとか……
で、日の丸があがると喜ぶ。
なんとくだらないことでせう。

だいたい、メダルって、選手個人の栄誉を讃えるために贈られるものじゃあないの?
それが、もう、「国の栄誉」を讃えるものになっちゃってませんか?
ロシアのドーピングなんか、そのもの、でしょう……
まあ、戦争やってる、という意識なのかな?

オリンピック……そろそろ、やめどきでは?
19世紀にできたこの制度。もう限界では。
戦争の源泉は、日の丸が上がって喜ぶ心の中にあると思う。
「国境のない世界」が理想だったんじゃ……

オソロシイ……

人の一生というものは……/Human’s life

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今年のお正月は、京都ですごしました。何年ぶりかなあ……年末年始を京都で迎えるのは……泊まったのは、高野からちょっと北の方だったんですが、懐かしい……という気持ちが自然に湧いてきた。私は、京都生まれで、下鴨神社の近くの家でこども時代をすごした。

今回泊まった場所は、そこからは1km 弱離れているんですが、まあ下鴨神社の領域内といっていいでしょう。近くには、下鴨神社の摂社である「赤宮」という神社もありますし……なにより、仰ぎ見る比叡山のかたちが、こどもの頃に毎日みていたのといっしょ……

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こどもの頃、夕方になると母親が、すぐ近くを流れる鴨川に散歩に連れてってくれた。川向こうの林のかなたに陽が落ちて、あたりが金色に染まり、水面がきらきら輝いている……で、振り返ると、そこには夕暮れ色に染まった比叡の山が……こどもの頃、毎日見た景色というのは、やっぱり忘れないもんですね。

場所……というのはふしぎなもんです。今回泊まった家の前の道は、いわゆる観光地の京都じゃなくて、全国どこにでもあるごくフツーの街並……あんまり広くない道の両側に、お店があったり会社があったりマンションやアパートがあったり……ちょっと曲がるとコンビニが……

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そういう、「フツーの路地」が、そのものさえ、なぜか懐かしい。これはふしぎでした。「場の力」というのでしょうか……あるいは、下鴨神社の神様の力が、やはりその土地を覆っているのだろうか……私は、こどもの頃に京都を離れて名古屋に移りました。そのあと、学生時代に、京都に一時下宿をしていたこともあるけれど……

もう何十年も、京都から離れて暮らしている。でも、京都を訪れて、こどもの頃に暮らしていた場所のそばにくると、やっぱり「自分の土地」はここだなあ……と思います。人の一生……東照大権現神君家康公のように重い荷を負って遠くまで歩む人もいれば、私のように軽い荷さえいやがって……

できるだけ近道したい……という一生を送った人もいる(まだ過去形じゃないけれど)。人の一生って、いったいなんでしょう。いったい何をやったら、「その人の一生を生きた」ということになるのか……これは、いまだにわかりません。人生あとわずかで? いや百まで生きるのかしらんけど、どっちにしても、それがわからなくいいの?ということなんですが……

たぶんほとんどの人がそうだと思う。ただいえることは、人と土地との結びつきって、意外に強かったなあ……ということです。若い頃は、なんでもできるしどこでも行けると思っていました。でも、もしかしたら、人は、自分でも知らないくらい「土地」に結ばれているんじゃなかろうか……

私がおもしろいなあと思うのは、三河の生まれの神君家康公は、生涯その目を東に向けていたのに対して、尾張生まれの信長公と秀吉さんは、一生西に向かう傾向性を持ち続けていたということ。尾張と三河って、今は同じ愛知県で、その境に大山脈とか大河があるわけでもありません。

境川という小さな川(二級河川)があるんですが、上流はもうほとんど認識できないくらいの小川になっていて、車なんかだと、まったく気がつかないうちに尾張から三河に入ってしまいます。でも、やっぱり尾張と三河は、画然と違う……言葉も、尾張の言葉はすぐ北の美濃(岐阜県)の言葉とよく似ているけれど、三河の言葉は、その東の遠州(静岡県)の言葉とほぼ同じ。

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こういうことは、いろんな土地にあって、その感覚は、そこで生まれ育った人しか、実は正確にはわからないものなのかもしれません。なにが、それを決めるのだろうか……

今は、その土地のものだけじゃなくて、スーパーに行けば「世界の食材」がカンタンに手に入ります。「土地の食べ物」が<その感覚>を養うんだとすれば、今の人は、もうすでに昔の人が持っていた「そういう感覚」をかなり失っているのかもしれない……あるいは、目に見えない「土地の気」のようなものなのでしょうか。

たとえば火山の噴火とかの大災害で、住民全員がその島を離れなければならない……三宅島とかそうでしたが、避難先で暮らしている人のインタビューで、少しでも早く島に戻りたいという人がけっこう多い。一旦おさまっても、いつまた噴火するかわからないのに、なんでそこまで……と思いますが、やっぱりそれは、その土地に生まれ育った人にしかわからない。

だから、難民の方々って、たいへんだなあ……と思います。自分の生まれて、育った土地から、自分の意志じゃなくて強制的に排除され、見知らぬ地域をさまようハメになる……これが「自分の意志」だったら、まだある程度は納得できるかもしれません。いや、人によっては、見知らぬ土地で暮らすことに憧れを抱くということもあるでしょう。

しかし、自分は、この生まれて育った土地で一生を終えたいと思っているにもかかわらず、外側からの圧力で追いだされてしまう……これはもう、そのものが根源的な悲劇だと思います。あるいは、自分が生まれて育った土地に、外国の軍隊がやってきて基地をつくってしまう……これも悲劇だ。

そしてラスボスのゲンパツ……金のために故郷を売る。これほど悔しく、悲しいことはない。おまえらの住んでるところは、街から遠いから、放射能まみれになってもいいんじゃない? その分、金と仕事をやるからさ……これって、ものすごい侮辱だと思う。しかし、いくら悔しくても、生きていくために受け入れてしまった……

世の中、こういう悲劇に満ちています。昔、岐阜県の徳山村というところを、野外活動研究会のみんなと訪れました。岐阜県といっても、もう山一つ越えれば福井県……というところだったんですが、もう今は、この村はありません。

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徳山ダム……これですね。このスゴイダム(ロックフィルという構造では日本一の規模)を造るために、この村の人が住んでいる集落はみな、水の底に……1970年代終わり頃に行ったときはまだ、村は生きてましたが、もうお年寄りばっかりで、みんな静かに「村の死」を待っている状態だった。

いろんな人に話を聞きました。みんな、この村がいいという。それはまあ、何十年も暮らしてきたお年寄りばっかりなので、当然そうなんですが、若い人は、やっぱりほとんどいなかった。もうとっくに保証金をもらって、村の外で「次の暮らし」をはじめていた。

反対運動はなかったんですか?と聞いたんですが、あんまり明確な回答が得られない。もうみんな、「水没」が前提で、今さら……という感じ。のちに、偶然ですが、徳山村出身の青年に名古屋で会いました。反対運動について聞くと、彼自身がその運動に加わっていたそうです。でも、潰してくる側との圧倒的な力の差があって、みんな結局あきらめ、彼自身もインドに行く道を選んだ……

ああ、やっぱり反対運動はあったんだ……そう、思いました。村の中では、ハッキリ聞くことはできませんでしたが……しかし、ダム、こさえたるでー!という勢力にくらべてあまりに微弱……昔から住み暮らしてきた「先祖の地」を追われるんだから、もっと抵抗してもいいのでは……というのはよそ者の考えで、実際の「現場に働く力関係」は、これはもう、なんともならない圧倒的なものだったらしいです。

徳山村は、どこからアプローチするにしても、険しい峠を越えなきゃならない。この峠が、冬は雪で通行止めになる。人の往来も、物流も滞る中での、雪に埋もれた数ヶ月……若い人には絶対にガマンできないから、みんな、ダムの話の前に街へ街へと……仕事、家族、学校のことを考えれば、当然そうなるのでしょう。ということで、「現代文明」を前にして、村の実質はかなり死に近づいていた……ということもいえるわけです。

今、私が住み暮らしているところも、愛知県の「奥三河」と呼ばれる山間地域の入口で、人口がゆるやかに減少しつつある、いわゆる「限界集落」です。 といっても、まだ名古屋とか豊田に近いので(一応豊田市域)ほとんどの人は勤めを村の外に持ち、毎日通ってる。でも、まだまだ、自分の生まれたこの土地に愛着を持ってる人は多い。しかし、こどもたち世代はどうなのかな……

要するに、自分の根っこをどこに感じるか……ということなのかもしれません。私みたいに、こどもの頃に生まれ育った土地を離れてしまったものは、根っこがない。この状態がいいのかわるいのかときかれれば、やっぱりよくないと思います。価値観が、なんというか否定的になる。どっちみち……ということで、神君家康公みたいに「人の一生は……」ということにはなりません。まあ、ぜんぶがそのせいじゃないにしても。

家康の鎖国政策は、いろいろ言われますが、結局はこの問題だったような気がします。つまり、人と土地の結びつきを重視した。そこがちゃんとなってないと、人はホントの力を出せない。この「ホントの力」というのは微妙な考え方で、たとえば海外遊飛(ナント古い言葉)で世界中駆け回って大活躍している人でも、それが「ホントの力」なのかというと、これは考えどころかな……と思います。

今の世界、経済優先で、企業はできるだけ安い人材を求めて世界中に工場をつくる。家康公の考え方からすれば、これはもうムチャクチャです。どれだけ発展しているようにみえても、それは見せかけにすぎず、実は、本質的なところは「破壊」だ。世界一の企業が、今、私の暮らしている街にありますが、この企業のやり方を見ていると、家康公の考えをかなり厳格に守っているところと、まったく反対の考えの二つを持ってるような気がします。

それが、一つの会社としてまとまってるんだからふしぎだなあ……と思うのですが、案外、「生産」にかかわる仕事って、そうなのかもしれません。とすると、ホントに危ないのはいわゆる「虚業」なんでしょうか……歴史には詳しくないですが、家康公は実業タイプ、信長さんと秀吉さんはどっちかというと虚業タイプだったみたいな気がします。海外遊飛に夢を馳せた信長と、朝鮮半島を手がかりに大陸をのっとろうとした秀吉……

これに対して、家康は、「アホなこと言っとらんで、国内をちゃんと固めようよ」という考えだったみたいに見える。幕末から明治期にかけて、アジア諸国が次々と欧米の植民地にされていく中で、日本という島国がナントカ独立を保てたのも、元はといえば家康さんが、「土地に結びつく」政策の基礎を地道に、しかしラジカルにつくったから……これを元にして、日本はちゃんと自前の「19世紀」をやって、「近代」に歩調を合わせていくことができた……

歴史の専門の方からみると、こういう見方はきわめて大雑把で、まちがいだらけなのかもしれませんが……なんか、そう思ってしまいます。人と土地……これは、最大限に広げていくと、この地球という「場所」と、そこに住み暮らすわれわれ人類の「限界」という考え方になる。人類は、地球から出られない。これが、私が最終的に到達した思いなのですが、いかがでしょうか?

ABくんの一日・人道支援?の巻/A day of Mr.AB_Humanitarian aid?

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こーはならなかったですね……人道支援。こーいえば、なんでも通ると思ってんだろうか。黒男が、最初のメッセージで、「AB、おまえは、われわれの女と子供を殺した。」という意味のことを言っていた。これは空爆のことをいっている。そういう空爆をする「有志連合」に、日本は参加した。ABくんは日本国民とイコールですから、日本人全員が、彼らの「女と子供」を殺戮したということで、その「残虐性」に対しては、「残虐性」をもって報復する。これは、とりあえず、きわめて「まともな」感覚だと思います。

真理は、曲げられる。真理を曲げるのは、安全圏にいて、日々の生活を、自分と家族の幸せしか考えずに「のほほん」とおくっている……その感覚の鈍磨なのかもしれません。自分や家族の幸せが、いったいなんによって成り立っているのか……後藤さんの取材は、その根拠を教えてくれるものでしたが、われわれはそれを、本や講演や映像などで、「安全圏」で受け取る。しかし、黒男のメッセージは、そういう「安全圏で受け取ること」自体に根底的な疑問符をつきつける。これもまた「まこと」ではないだろうか……

湯川さんが、「民間軍事会社」というヘンなものをつくってまで、「かの地」に行こうとした感覚……それは、けっきょく、この「まこと」を、自身の身で確かめたかったのではないだろうか……後藤さんの取材もまた、この「まこと」を伝えるものだったけれど、それは光の側。これに対して、湯川さんの心は闇の側にあるようにみえても、結局両者は、ふたつながらこの「まこと」をみずから知りたいという心情では共通していたのではないだろうか……そう考えるとき、はじめて、後藤さんが湯川さんを追っていった心が理解できる。

人道支援(人道援助)……金さえ出せばいいというのだろうか。ABくんの心は、最初のカイロ演説でもうみえみえ。ものごとを、その深みまでちゃんと考えられない単純な人物……その、稚気に満ちた言動が、日本人全体を表わすものとなった。日本中に原発を設置して、国民全員を人質にしている今のABくんの姿こそ、もっともおそろしいテロリストではないだろうか……黒男のナイフは、二人を殺すだけだけれど、原発は日本人全員を殺す。それだけではなく、世界中に放射能をふりまいて、地球そのものを生命の住めない星にできる。

沖縄にだけ、原発がない……沖縄には米軍基地があるからだろうか……そういうクダラナイ推測はしたくないのですが……アメリカは、世界中に「高度な人類のくらし」をバラまくけれど、それはまた闇をも育てる……闇……といっていいのだろうか。それを「闇」とみてしまうわれわれの心こそがモンダイなのかもしれない。人類が「地球の意志」であるとするならば、今、世界中に起こっていることは、全体でバランスがとれて、全体で「まこと」となるはず。それを考えなければ……そう、思います。

地球は、なにを考え、どこへ向かっていこうとしているのか……19世紀に確立された「スタンダード」を、今、大きな力がゆさぶっている。正しいのはおまえらだけじゃないぞー、そこから降りて、われわれと一緒に歩めー……黒男はイギリス人だといいます。彼は、なにをどう考えて、ああなったんだろうか……彼は、彼の中では「正義」を行っているという感覚があるのでしょう。ABくんはどうなんだろうか? 彼は、彼の中で「正義」を行っているという感覚があるんだろうか……どっちもどっちで、限られた個体の中ではわからない。

おそらく、これからのことは、常に「トータル」で見ていかないと、「本当のこと」はわからないのだと思います。今、この地球に生きるわたしたち……日々の生活が、それが、なんによって支えられているのか……思想は、生活によって支えられる。生活を忘れて「思想」だけが浮きあがったとき、それはたちまち内容のない空疎なニセモノになってしまいます。生活の基部にいたるまでずーっと根がつながった「思想」って……地球という生命体は、人類に、そういうものを求めているのでしょうか……いろいろ考えさせられました。

19世紀の終わりのはじまり/The end of the 19th century is began.

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最近、ヨーロッパが危険です。というか、ヨーロッパと、そこから派生した?アメリカが揺れている……年始のTV番組で、今年いちばん危ないのはヨーロッパであるとおっしゃってた専門家がおられましたが、今の様相を見ていると、どうもそれがアタリそうな……と思っていると、「19世紀の終わりのはじまり」という言葉が浮かんできました。

前に、このブログで、「拡大版19世紀」というテーマで記事を書きましたが……要するに、19世紀のはじまりを、1750年、すなわち、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの死の年とし、その終わりは20世紀の半ば……1960年頃としたら……というアイデアなんですが……実は、19世紀に提出された課題はまだ未解決で、20世紀をすぎ、21世紀になってももちこされている……と。

そんなふうなことを書いた覚えがありますが、昨今の欧米の状況をいろんな報道で聴くにつれ、なんか、ようやく「19世紀の終わり」が始まった……という感がいたします。現代版の民主主義、共和制、資本主義、共産主義、そして高度に発達した工業化社会……まあ、なんでもいいんですが、そういった、「拡大版19世紀」に出そろったすべてのものに、ようやく崩壊の兆しが見えてきた……と。

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この間のフランスの新聞社の襲撃事件は、フランスの人たちだけでなく、広く欧米社会(日本も含めて?)にショックを与えたみたいですが……「言論の自由が冒された」云々……そりゃ、たしかにそうかもしれませんが、しかし、では、「人のだいじにしているもの」を茶化して、それを大々的にメディアに載せるってどうなのよ……というふうに思う人も少なくないと思う。

私もその一人なんですが……先の、北朝鮮を茶化したアメリカの映画といい、私は、そこに共通して「19世紀勝ち組の無意識のゴーマン」を感じてならないのですが……そりゃ、たしかに、民主主義と、それに基づく「言論の自由」とか、わかりますけど、それをいう人々のベースってなによ? というと、それは、19世紀(拡大版)の荒技で勝ち得たもの……

成り上がりの貴族化といいましょうか……荒っぽくかせいで「支配」のベースをつくれば、上層はしだいに澄んできて、ノーブルな様相を呈しはじめる……もう、自分たちには「なんの罪もない」と思うことさえできる……しかし、やっぱり地球は「全体として一つ」なのだから、自分たちの足下に、「他者」をくみしいて、そこから搾り、圧迫していることにはかわりはない……

フツーにいって、他の人のだいじにしているものはちゃんと尊重しなきゃダメでしょ?って話じゃないかと思います。預言者ムハンマドさんは、イスラム世界では、神の言葉を預かる最後の人……私はイスラム教徒じゃないから、彼に対して崇めたてまつる……みたいな感情は持たないけれど、でも、彼のことを大切に思っている人の気持ちはきちんと尊重したいと思う。

北朝鮮においてもやっぱり基本は同じではないでしょうか。私たちの目からみれば珍妙な独裁者かもしれないけれど、でも、彼のことを大切に思っている人もたくさんいるわけだから……たとえば、日本の天皇を外国の人が茶化したら、今の日本人の大部分はやっぱり悲しくなるんではないでしょうか……私も、当然そう感じるし……だからといって「天皇崇拝」ではないけれど……

茶化して、殺された……これが、フランスで起きたことであって、それを「言論の自由」というのであれば、無意識に他人のだいじに思っているものを茶化せるだけの「見えないベース」の上に自分たちがのっかっている……そのすべてをきちんと自己批判した上で「言論の自由」といいなさいよ……と。そして、その「見えないベース」が、実は、やっかいな「19世紀」なんじゃないかと思います。

そういう意味で、これは、「19世紀批判」ととらえるべき現象ではないかと私は思うのですが……これからは、世界中で、この「19世紀批判」が起こってくると思います。それは、政治の世界にとどまらず、経済や文化や芸術に至るまで、徹底的に「19世紀のゴーマン」があばかれて、その基底部分まで根こそぎ批判される時代……そして、「19世紀」そのものが荒技だったように……

その批判も、ラジカルな荒技にならざるをえないのでしょう……人類の文明は、とにかくここを通りすぎないと、絶対に「次のステージ」には行けないのではないか……これは、ヘタをすれば人類どころか、他の生命に至るまで、それこそ「絶滅」に近いような、徹底的な影響力を持ってくると思いますが……しかし、もう、ここまで来た以上、先に進むしかない。

で、その進行は、もう開始されている……19世紀の終わりのはじまり……さて、どんなふうになっていくのでしょうか……恐怖感は大きいのですが、やっぱりゴーマンは打ち崩されねばならないし、その過程で起こる大混乱も引き受けなければならない。そういうものをすべて通過した先に、これからをちゃんと開いていく「新しい価値」が生まれてくるのではないかと思います。

今日の写真は、お正月の2日に、名古屋市能楽堂で新春謡いぞめを見ての帰り道、猿投グリーンロードから撮った万博記念公園の観覧車。愛知万博が終わったあとも、この巨大観覧車は取壊しをまぬがれたのですが、ふだんはまったく運転していません。しかし、この日は、久しぶりに動いていました。グリーンのライトアップが夜空に染みて、気持ちがなぜかひきこまれます……

愛知万博は一応、国際博ということだったらしいですが、出かけるのは近所の人ばかりというローカルな……私は行きませんでしたが、通し券を買って週に何回も通ってた人もいるらしい……万博とオリンピック。この2つは、みごとに「19世紀の遺物」だと思います。しかし、開催されると、私みたいなまったくカンケイのない人間でも、多少とも心躍る気分に感染する……

たぶん、こういうとこらへんが、「19世紀の無意識の厚いベース」なんだろうと思います。日本は欧米ではないけれど、政治体制から経済や社会の仕組み、そして文化や芸術に至るまで、どっぷりと「欧米19世紀無意識ベース」に浸されている。自分の中にも色濃くある「19世紀」は、これから徹底的な批判を受けることになるのだと思います。まあでも、自分の有機的肉体年齢といい勝負……って感じもしますが。

これから……若い人は、タイヘンだなあ……と。それと、「拡大版19世紀図表」は、昔の記事(19世紀という病・1)に載せた図表の再掲です(部分的に更新しています)。元ブログは、2014年の1月30 日に投稿したものですが、興味のある方はごらんください。
https://soraebito.wordpress.com/2014/01/30/今日の-essay:19世紀という病・1/

太田川フィールドワーク/Town walk of Ohtagawa

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野外活動研究会の人たちと一緒に、愛知県東海市の名鉄太田川駅近辺を歩きました。

野外活動研究会というのは、今からもう40年も前に自然発生した、名古屋市と近辺に住む若者たちの集まりで……いろんなところを歩いているうちに、月日は流れ……今ではほぼ、中高年の集団に……まあ、若い方もおられますが、平均年齢はスゴイです。でも、スゴイわりに死者は少なく、かつての若者たちが集まって今も若者のようにウロウロといろんなところを歩く……歩く……ただ、ひたすら歩きます。

ということで、この間は、真っ青な空が抜けてカリフォルニアのピーカンの日曜に、名鉄太田川駅周辺から尾張横須賀駅まで歩きました……中高年ですが、歩きなれてる人ばっかりなのでだれ一人熱中症にもならず、無事帰還できたのはメデタイことでした……名鉄太田川駅のある東海市は、愛知県の知多半島の付け根のところにある街ですが、ここは、かつては風光明媚な白砂青松の地……

だったかどうかは、その頃を直接知らないのでよくわかりませんが、今はもう、「海岸線」はありません。というか、かつての砂浜の海岸線に接して巨大な埋め立て地ができて、そこには華麗なる?工場群が……ということで、街は工場に封鎖されて……こういう場合、どういう言葉を使ったらいいのかわかりませんが、思わずしらず「御愁傷様で……」という言葉が出てきます。それくらいあわれな……

街って、それぞれの街に、やっぱりいちばんいい「すがた」があると思うんですね。知多半島は、かなりの部分が三紀層という比較的固い地盤からできていて……これは、絶対年代では6430万年前から260万年前ということですが、この時期の終わりに、この知多半島を含む伊勢湾と濃尾平野の大部分は「東海湖」と呼ばれる大きな湖の湖底になっていて、そこに堆積した地層が隆起して……

まあ、いろいろ複雑な変遷はあったと思うんですが、今の知多半島のかたちになった……縄文海進期は今よりさらに海が奥まで入りこんでいたと思いますが、その後、地球の寒冷化によって海は少しずつ退き、知多半島は、三紀層の骨格に、海沿いの砂浜……という地形になった……そういうことではないかと思います。ところが、近年、おそらく昭和に入ってから、名古屋港の埋め立てが進み……

それは、連接する知多半島にも拡大して、白砂青松の砂浜に巨大な埋め立て地が形成され、この地は、いのちともいうべき「海岸」を失いました。かつては、人々が漁業で生計をたて……あるいは良港の利を生かして廻船業も盛んだったかもしれません。そして、おそらくは名古屋や岡崎からの観光も……夏になると、知多半島の砂浜は海水浴のお客さんたちであふれた……

砂浜を埋め立て、コンビナートを建設していくその圧力は、きっとものすごいものだったのでしょう。今も、その「ツメアト」は街の各地に見られます。だいたい、街自体が「なにをやりたいのか」まったくわからないうちに、埋め立て地の工場から落ちるお金で道をつくり、団地をつくり、ハコモノを増殖させ……名鉄太田川駅に降り立ったとき、「なんにもないところにきた」と思った……

それくらい、もうなんにもない感じ。その日はちょうど隣町の尾張横須賀のお祭りで、古い街並を山車が練り歩き、屋台がならんでお客さんがいっぱい……ふだん山車を保存しておく山車蔵の立派さが印象的でした。うーん……きちっと調べてみなければわかりませんが、やっぱりあれだけ立派な山車蔵を造るにはかなりのお金がかかってるんだろーなー……そのお金はどっから出たのか……

街の骨格ともいうべき「基本的なすがた」を失ったかわりに、もし立派な山車蔵が得られたのだとしたら、それってどうなんでしょうか……街は、そこに立ったとき、立っただけで、もうかなりのことがわかります。幸せな街なのか、不幸な街なのか……そこに住む人は、あるいは幸せだというかもしれない。また、ある人は、不幸だというかもしれません。しかし、地の神はどう思ってるのか……

地の神の心……いろんなところへ行くと、やっぱりソレを感じます。この地の、地の神は、今、幸福だろうか……不幸だろうか……今までで、私がいちばんびっくりしたのは、やっぱり越前の敦賀の街でした。敦賀の地の神様である気比の大神をお祀りする気比神宮……ここへお参りしたときのショックは、前にも書きましたが……大岩に押し潰された気比の大神の苦しみがダイレクトに伝わってきて……

私は、あのとき、自分自身の身体と心で、「ゲンパツ」というものの本当のオソロシサを知ったんだと思います。すべての「生命」を圧殺していくあのオソロシイ19世紀の悪魔の発明……これはもう、「地球」自体に対する挑戦であって、この魂の場、いのちの場そのものを巨大な力で押し潰す……ここからはもう、なにも逃れられないし、なにも生まれない……ほんとの闇ってこんなもの……

東海市の太田川の周辺を歩いていても、やっぱりこのオソロシイ「力」は常に感じました。ここにはゲンパツはないし、もうけっこう古くなってまわりにもなじんじゃってる工場が並んでるだけ……なんですが、街の軸は狂い、散漫になって、土地がつくりだす、人の生活をそっと包んでくれるような平和な感じがない……金の力……これは、オソロシイです。ぜんぶ、壊してしまう……

金の力にとらわれた人は、獰猛に、凶暴になります。燃えたぎる油ぎった憤怒の炎が全身から噴きだして、あぶなくて近寄ることもできない……合法的に、そういう力は、人の生活を壊し、地の神を圧殺して世界を破壊していく……今、イスラム国にリクルートされた日本人若者のことが話題になっていますが……それって、トンデモナイことに見えるけれど、ホントにそうなの?

今、この日本という国土、山河は、金の力によって荒れに荒れ、かなりの部分が狂いはじめています。もう、こんな国には夢も希望も持てない……そう感じる若い人が、「神のもとにはすべてが平等」であるイスラムの世界に惹かれる……そういうことがあるとしたら、それもムリからぬことではないでしょうか……この国がダメになるとしたら、それは、山河と地の神をとことん痛めつけたから……

土地の持っているすなおな「気」を、慎重に扱ってそれを整えていく……人間の持っている土木力は、そういうふうに使わないと、ホントにタイヘンなことになると思います。はるかな過去に絶滅した植物の身体を燃やして土地の姿を変えていく……もし、人間が「地球の心」であるとするならば、その選択は、必ず「地球の死」に行き着くしかない……地球は、自殺を考えているのでしょうか?

私もクルマに乗って電気を使ってるので、おんなじことをしているワケだけれど、でも、やっぱり「地球の心」としては、「自殺したい」とは思っていません。というか、むしろ、きちんとやってまともな生活をしたい……と、そう思ってます。人類は、「地球の心」である以上、これから、ものすごく大きな曲り角を迎えざるをえない……なぜなら、地球は、「自殺」を考えてはいないから。

ピーカンの太田川フィールドワークで見たこと、感じたこと……このオソロシイ流れをなんとかしたいなあと思います。いろんなところを見れば見るほど、「土地の気にすなおにしたがう暮らし」というものがあるはずだという気がしてくる……それは、その地の「神社」にふつう、最もよく表現されているわけですが……地の神々は、どう思っておられるのでしょうか……

太田川海岸_900

この写真は、名鉄太田川駅を300mくらい西に行ったところで西、つまり伊勢湾方向を向いて撮ったもので、ビニールハウスの並ぶ向こうに見える林が、おそらくかつての海岸線付近だと思います。今は、林の向こうに国道247(西知多産業道路)が通り、太田川のなれのはての掘割をはさんで、幅が2kmもある広大な埋め立て地が広がり、海ははるか、その先にまで追いやられています。

この埋め立て地は、名古屋港の埋め立て地の中では最大クラスの面積を持っていて、「東海元浜埠頭」という名がついているようです(住所でいうと、東海市東海町5番地)。北半分が昭和37年~46年(1962-1971)に、南半分が昭和47年~56年(1972-1981)に埋め立てられ、新日鉄、新日鉄住金、黒崎播磨名古屋、大同特殊鋼などの工場が立地しています。

http://www.umeshunkyo.or.jp/209/271/data.html

日本の港といえば神戸、横浜で、名古屋港をあげる人はすくない。というか、「名古屋に港ってあったの?」というくらいの認識ではないかと思います。しかし……実は、名古屋港は、総取扱貨物量(2億824万トン)、貿易額(16兆3103億円)、貿易黒字額(5兆8064億円)がいずれも日本一……数値は、平成25年確定値とのことですが、総取扱貨物量が2億トンを越えるのは名古屋港だけ……

この総取扱貨物量の日本一は平成14年から12年連続で記録更新中だそうです。そして、臨港地区面積(陸域)も、4214万8千平米でこれも日本一……この「臨港地区」というのは、港湾管理者(名古屋港の場合には名港管理組合、実質的には愛知県と名古屋市)が「水域と一体的に管理運営する必要がある水際線背後の陸域」を都市計画に基づいて指定したものだそうでして……

この「臨港地区面積」のほとんどは埋立地ということになるから、名古屋港は日本一埋立地の多い港ということになるのでしょう。その様子は、以下のPDFファイルで見ることができます。

クリックしてzentai.pdfにアクセス

これで見ると、東海市、知多市の海岸は、ほぼすべてが「工業港区」になってるのがわかります。

この様子を、例えば神戸港なんかと比べてみるとよくわかるのですが……
http://www.city.kobe.lg.jp/information/committee/port/preservation/img/38rinkouhenkou.pdf#search=’神戸港+臨港地区’
神戸港は、六甲アイランドやポートアイランドがあって、いかにも埋立地の多い印象がありますが、臨港地区の総面積は2107万4千平米(2107.4ha)で、名古屋港の臨港地区面積の約半分……

しかも、六甲アイランドなんかは、ほぼ全域が学術研究、商業、そして居住区だから、「工業港区」の割合はさらに少ない……要するに、名古屋港は、「港の顔をしていない港」であって、また「閉ざされた港」という言い方もできるかもしれません。つまり、純然たる「産業のための港」であって、われわれは立入ることもできず、まったく知らない場所で、知らないことが……

先頃、新日鉄住金の工場で爆発さわぎがあったことは耳新しいですが……白砂青松の海岸がいつのまにか埋め立てられて、だれも知らないうちに海岸線がなくなり、よくわからない場所がどんどん増えている……神戸や横浜みたいな「港情緒」がないというのは名古屋港の人たちも悔しがっているみたいですが、それは、なぜなんでしょうか……どこかが基本的にヘンだなあと思いますが……

思想の限界/A limit of the human speculation.

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人の思想の限界は、地球……であると、思います。
その理由は……人は、その身体も心も、すべて「地球から」つくられているから……
「あなたはチリからとられたのだから、チリにかえる」
このバイブルの言葉が、すべてを語っていると思います。

このことは、前にも少し書いたのですが……
たとえば、論理学や数学、あるいは物理の法則、化学の法則……
そういうものを、人は、すぐに、宇宙のすべてに通じるものと思う。
しかし……「地球製」の人のアタマで考えられたものは、「地球」が限界……

そういうふうには、思えないものでしょうか……
「そんなことないよ、ロケットは月にも、火星にも行くじゃん」
そう、言われるかもしれませんが……
オソロシイことに、月も火星も、「地球の範囲内」なのかもしれません。

なぜなら……月といっても火星といっても、最後に「見る」のは人だから。
「地球の人」が、最後に、そのデータを見ます。数式にせよ画像にせよ。
観測機器が、宇宙にまで飛んで行っても、最後に「見る」のは地球製の人。
こういう「地球製の人」は、宇宙のどこまで行っても「地球製」なんだ……

この地球という惑星の上で、身体と心をもらった人です。
「あなたは、チリからとられたのだから、チリにかえる」……これでしょう。
そして、これは、実は「限界」ではなく、ひとつの「恵み」かもしれない……
そういうふうに、考えたことはないでしょうか……

ライプニッツの「モナド」は、全宇宙のモナドが一斉に誕生し、一斉に死ぬ。
一つのモナドは、他のすべてのモナドを映しこみ、宇宙全体に関係する。
このモナドの性格からして、これはそのとおりだと思います。
インドラの網……まさに、一つの水滴が、宇宙全体を映している……

ということになると、これはちょっとタイヘンなことになります。
今、私が指を動かして文字を打つ……その行為さえ、「全宇宙」に及ぶ……
となると、ちょっと、あだやおろそかに、なにもできない?
……んですけど……もし、その「宇宙」が「地球」なんだとしたら……

人の思想の限界が「地球」である……これは、そういう意味です。
そうだとしたら……全宇宙に広がる「インドラの網」も、地球が限界なんだ……
そう考えると、ちょっとは気が楽になりません?(って、ならないかな)
いったいなにを言ってるんだろう……そう考えるのもムリはないんですが……

でも、もっと過激?なことを言うなら、この宇宙には、そういう世界が無数に……
ある……と、そう考えることもできます。いわゆる「多元宇宙」……
だとすると……ホントの「インドラの網」の水滴の一つ一つが……
実は、こういう「宇宙」なのかもしれないな……と。

で、ここで、重要なことは……「インドラの網」には、必ず「ノット」がある……
要するに「結節点」があるということで、これが、つまり「モナド」……
華厳の世界……になるのかもしれませんが、無限のノットに水滴が……
宇宙が宇宙を映しだして、それはもう、タイヘンなことに……

魂は……人の魂といわず、すべてのものの魂は、こういう「ノット」なのかも。
ライプニッツの考えによると、そういう「モナド」であると……
もしそうであるなら、人の思想は、やっぱり「モナドの限界」を越えられない。
ということなんだけれど、それでは「実体の交通」が成立しません……

ということで、まことにふしぎなことに、「モナドの限界」は越えられる……
んですが、いくら越えても、やっぱり「ある限界」に当たってしまう。
それが「地球」……なぜなら、「表出」は、「チリ」によって行われる……
人は、そして地球のいろんな生命は、「地」をもって相互に自己表出を行う……

ここに……やっぱり「地球という限界」があって、それは越えられない。
なので……人の思想も、やっぱりこれを越えられない……
考えてみると、この「地球」というモナドは、ふしぎなもんだと思います。
そこで、「地球の種」はすべて、相互に「実体の交通」をなすことができる。

おそらく……人間以外の地球の生命は、みな、このことを知ってるんでしょう。
というか……それ以外の「あり方」がないので、「それ以外のあり方」を考えない。
ところが……なぜか、人の心だけは、カンタンにこの「制限」を突破します。
なにかを考えると……すぐに、それを、「宇宙全体」に敷衍してしまう……

こういう点では、過去の偉大な哲学者、思想家、科学者……
みんな、そうだったと思います。数学の理論も物理法則も……
「地球という限界」を無視して、スルッと「宇宙全体」へ……
それこそ、「拡大する」という意識もなしに、単純に「ひろげて」しまった……

20世紀……19世紀に「無限に」拡大されたこの「人の思想」が……
それが、「地球という限界」に当たって、試される……そういう世紀だった……
けれども、人は、いまだに気づいていない。これはもしかしたら由々しきこと……
なのでしょう。けれども、この「限界」は実体だから……

やっぱり、どうしても「越えられない」のです。正しいことに……
ということで、今日の画像は、以前に紹介したストームグラスの中の世界……
この前の台風が近づいてきたときの様子です。かなりすごいことに……
「完全密封」されてるはずなのに、なぜ感知するんだろう……ふしぎです。

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今日のkooga:路上の幼生/Larva on the road.

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脊椎動物の発生の初期は、みなかたちが似ているといいます。個体発生は系統発生をくりかえす……でしたっけ。この御言葉は、ドイツの生物学者、エルンスト・ヘッケルさんが述べられたものだそうで、この方は、ドイツでチャールズ・ダーウィンの「進化論」を広めた人物だそうですが……

この方については、いろいろ「悪いウワサ」もあるようですね。特にアブナイのは、彼の考え方が、いわゆる「優生学」の大元になって、のちにナチスのレイシズムにつながっていったという……要するに、「劣った人種」は、人類という種の系統発生の初期状態だ……みたいな考え方でしょうか。

ただ、一方、彼については、今日のエコロジーの元祖みたいなとらえ方もあるみたいだし、『生物の驚異的な形』(Kunstformer der Natur)という本に、すばらしく美しい生物の図版を載せている生物画家でもあるし……ということで、まことに19世紀的な、ふしぎな人物だったらしい……

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進化論というのは、ほんとによくわからない学説だなあと、つくづく思います。とにかく、前提に、すでに「価値観」が濃厚に入っていて、まあ、いわば「色眼鏡」でいろんなものを見ている感じ……なんですが、それなりに「説得力」があって、まるっと否定することもできないような……

とにかく、この「幼生のかたち」というのは、「おもうしろうて、やがてかなしき」という風情が漂っていて、やっぱりどこかヘンだと思います。デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』でしたっけ、こんなふうな造形が出てきましたが、やっぱりおんなじふうに感じてるんだと……

この「幼生」を見たのは、愛知県東海市の名鉄太田川駅から尾張横須賀駅へ歩いている途中の路上……なにかがコンクリートに埋まってる……「あ、幼生だ」と思いました。この日は雲ひとつないかんかん照りで、おまけにお祭りで、たくさんの人でわいわいがやがや屋台もいっぱい……

でも、この「幼生」のまわりだけは静かな夜でした。闇から光へ……なにを思い、なにを考えているのか……みずからのモナドの闇から、みずからのうちに湧く衝動で、まさに自己表出をなさんと……物質の世界、延長の世界へ漂い出た瞬間のような……彼は、まだ闇の中にまどろみつつ……

明るい昼の世界を夢みているのだろうか……少しずつ、闇が溶けて、彼のまわりに「世界」ができていきます。彼の光はまだ少なく、闇が果てしなく濃いゆえに、彼はまださめていない……しかし、では、われわれの光は、闇は……そう考えると、この「幼生」とたいして変わらない気もします。

いつか……この日のお天気のように、闇が完全にはれて、くまなくすべてが照らしだされるときがくるのだろうか……もし、私にそういうときが来たとしても、私の中の「幼生」は、やはり濃い闇の中にまどろみ、いつか昼の光の中に出る日を夢みるのでしょう……カフカの密書を待つ「私」のように……

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19世紀の結晶……Storm Glass

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豊田市美術館のミュージアムショップでみつけたストームグラスです。日本語訳だと「天気管」でしたっけ? 19世紀に使われていた天気予報の道具だそうで……この写真は内部の拡大ですが、ガラス管やフラスコの中に、樟脳、硝石、塩化アンモニウム、エチルアルコールを混ぜた液体を封印したものだそうです。これで、わりと近い将来の天気がわかるんだとか……

晴れなら沈殿物が沈んで液体は澄んだ状態になり、雨が近づいてくると沈殿物が増えて星状の結晶が浮遊するようになる。嵐の前には結晶が成長してつながり、植物の葉のような状態になるそうです。しかも、嵐が近づいてくる反対側のガラス壁に沈殿ができるので、嵐の方向までわかるんだとか……19世紀には、この装置は重宝されて、船乗りが持っていったそうです。

もう古い映画ですが、ディズニー・プロのつくった『海底二万哩』(海底2万マイル)。ふしぎな形の潜水艦が出てくる、いかにも19世紀らしいロマンチックな作品でしたが……この中にも出てきたそうです。うーん、よく覚えてないなあ……もういっぺん見てみましょうか……まあ、要するに、この装置は「いやがうえにも19世紀」なんですね。20世紀のレーダーみたいじゃなくて。

この装置はまた、ダーウィンの例の「ビーグル号」にも搭載されていて、船長のロバート・フィッツロイという人が、結晶の変化の様子を克明に記録に残しているそうです。この人によると、この装置を発明したのはCortiという人物で、Malacrediというイタリア人によってイギリスに持ちこまれ、ストームグラスと呼ばれるようになったとか(以上ウィキの情報です)。

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ロバート・フィッツロイという人は、気象学者でもあり、また海軍の軍人でもあったそうです。また、2年間ほどニュージーランド総督も努めたとか。この人のお兄さんのチャールズ・フィッツロイは、『赤毛のアン』で有名なプリンス・エドワード島の総督だったそうで、まさに「陽の沈まぬ国」として知られていた大英帝国を体現するようなご兄弟……

世間では、「ダーウィンが乗った船の船長」ということになるんですが、実は、「ダーウィンを乗せた船の船長」というのが正解らしい。ん? どっちでも一緒ではないかって? いいえ、違うんですね、それが……つまり、ビーグル号の船長に任命されたフィッツロイさんが、長旅の退屈しのぎに、だれか話の合うヤツを乗せたいな……と。それで、指名されたのがダーウィンさん。

ウィキには、つぎのようにあります。「フィッツロイは(中略)同乗する適当な紳士を探すように依頼した。その同乗者は科学的な関心を共有し、自然史の研究の機会を生かすことができ、艦長と同等の立場でともに食事をとり、ごく普通の友情をはぐくむことができなければならなかった。その立場は、最終的にチャールズ・ダーウィンに決まった。」

darwin

どうも、フィッツロイさんは癇癪持ちというのか、最近有名になった兵庫県の某県会議員さんみたいな傾向もちょっとあったようで、口論の末、ダーウィンを食卓から追い出したことも……でもまあ、すぐあやまり(このへんも例の県議さんみたい)、結局お二人は航海の間、なんとか仲良くやってたみたいです。しかし、それが、あの「進化論」につながっていくとは……

この人、その「某兵庫県議的性質」がわざわいしたのか、最後はカミソリでノドをかききって自殺……まあ、壮絶です。死んだときは海軍中将、つまり「えらいさん」だったわけですが、財産のすべてを「公共のため」に使い果たして死んだので、奥さんと子供は露頭に迷うことに……みかねた友人が寄付を募ってなんとかなったらしいですが……

実にハタ迷惑な人だったんですね。でも、彼自身も気象学者だったし、ダーウィンとは、学者同士としての意見交換もいろいろやったのでしょう……ハーマン・メルヴィルの『白鯨』のエイハブ船長を思い起こさせるところもあります。エイハブさんも、(架空の人ですが)捕鯨船の船長でありながら、クジラの生態を綿密に研究する学者でした。19世紀には、こんな人も多かったのかも。

冒険家であり、かつ学者でもある……今でいうと、京大の今西錦司先生みたいなイメージですが、19世紀はこれがけっこう普通だったのかもしれません。そして、そういう「熱い」雰囲気の中から、さまざまな研究や理論が生まれてきた……こんなロマンチックなムードは、今の学問の世界にはなかなかないというか、かなり薄まっているような気もします。

(まあ、余談ですが、最近話題になったSTAP細胞には、それがちょっとあったかなと。あの事件は、結局、錬金術v.s.科学の対決みたいな感じで、結果としては科学の方に痛ましい犠牲が……科学が、「優秀な人材」を一人失ってしまったわけですが……そういう「犠牲」も出てしまうほど、ひさしぶりに「熱い」戦いでした。あんな事件を見ていると、結局、20世紀だの21世紀だのと言ってるけれど、時代はまだ充分19世紀……みかけが新しくなってるだけで。)

で、もどりまして……ストームグラスという代物は、こういう、冒険と学問が渾然一体となっていた19世紀にまことにふさわしい装置ですね。当然今は、天気予報の第一線からは引退ですが(なにせ気象衛星があるし)、インテリアとしてはなかなか人気があるようで、いろんなかたちのものが造られているみたいです。
http://www.stormglass.cz/?page_id=16

中には、手造りしてしまった人も……
http://total.usagi-hanabi.com/?eid=1457224

お茶目新聞_05:佐村河内氏、芥川賞受賞

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御茶目新聞_05 
2014年(平成26年)4月29日(火曜日) 
日本御茶目新聞社 名古屋市中区本丸1の1 The Otyame Times
今日のモットー ★売上目標 1人1冊!
 
佐村河内氏、芥川賞受賞
  話題作『マモルとタカシ』で
   売れゆきに拍車 史上初一億部突破?へ

一時は「現代のベートーヴェン」ともてはやされ、クラシックのCDとしては驚異的な売上を記録した「作曲家」佐村河内守氏も、実は新垣隆氏というゴーストライターがいることが発覚、評価が急転して「サギ師」、「ペテン師」としてマスコミで袋叩きとなったが、その後、小説家に転身し、自身と新垣氏をモデルとした長編、『マモルとタカシ』を発表。これが再び世間の耳目を集めてベストセラーに。さらに、売上だけではなく、文学的内容も高く評価され、ついに芥川賞を受賞することとなった。これで、売上もさらに加速されることが予想され、版元によれば「史上初の一億部突破も夢ではない」とのこと。
ただし、今回もまた「ゴーストライターがいるのでは?」との憶測が発売当初からとびかっている。芥川賞受賞の事実からも明らかなように、構成、ストーリー、文体のいずれをとってもハイレベルで洗練され、しかも斬新。文芸評論家の間では、「これだけの文章を書けるのは○○氏、いや△△さん……」と、すでに数名の「ゴーストライター」の名があがっている。これに対し、当の佐村河内氏は、「いや、今回はホントにボクが書きました……というか、文章が天から降りてくる……私はそれを書き留めただけ……ウソいつわりはございません」と語っている。ゴーストライターさがしも含めて、これでまたマスコミも国民も、当分の間、彼にふりまわされることになりそうだ。

ABくんの談話(いいコンビなのかも……)
コレ、うまくいったらノーベル文学賞かもね。賞をとったら官邸に呼んでハグしたげるんだけど……

新垣隆氏の談話(おちついて音楽に専念させてほしい……)
今回は共犯じゃないョ。

写真キャプション

佐村河内氏の話題作
マモルとタカシ
御茶目出版社 刊
USO800円(税込)
(えっ! 横書き?!)

本のオビのコピー
★オビ・表のコピー
重層するウソの奥に輝く真! 御茶目出版社
★オビ・背のコピー
芥川賞!
★オビ・裏のコピー
一人は看板、一人は中身……このコンビで永久にうまくいくはずだったのに……弄び、弄ばれたのはだれか?日本のクラシック界の大激震を、今、キーマンが物語る。

…………………………………………

今までの御茶目新聞の記事の中では、いちばんありえるかな?という気がします。ゴーストライターさえうまく選べば実現できそう……でも、一億部はさすがにムリでしょう……それと、「話題性」だけでは売上は伸びても「芥川賞」はむずかしい。核心の部分に、やっぱり「真実」が光っていないと……今回の騒動を分析してみるといろいろなことがわかってきますが、そこは、うまく書けば、この国の「音楽」というものの受け取り方から、さらに「19世紀」の意味まで、深く考えさせられる作品になるかもしれません。

今回の事件で私がいちばん注目したのは、なぜ新垣さんが、佐村河内氏の指示どおりに18年間も「音楽」を書きつづけてきたのか……ということ。「お金のため」だけでは絶対に続きそうにないし……きけば、新垣さんは、日本の現代音楽の分野ではトップクラスに入る方だという……ははあ、息抜きだったのか……と思いましたが、最近の報道をいろいろ聞いていると、やっぱりそうだったみたいですね。これ、現代音楽というものの特質を如実に現わしてしまった事件ではなかろうか……そんなふうに思えてきます。

現代音楽家って、実は、スゴイらしいんですね。ウィキに、新垣さんの発言として、「あれくらいだったら現代音楽家はみな書ける」とありましたが、実際そうだと思います。私が以前にFMで聞いた話では、現代音楽家のだれそれさん(名前は忘却)は、ピアノの右手で10拍打つ間に左手で11拍打つような曲をつくって、しかも、現代のピアニストはそれを平気で弾いちゃうと……もう、過去の音楽家や演奏家をはるかに凌ぐ技量を、今の現代音楽家はみんな持ってる……

だから、バッハ風とかモーツァルト風とかベートーヴェン風とか注文をつけられてもなんなくこなしてしまう。しかも、それが楽しい……現代音楽家は、調性というものを失なって久しい現代音楽の世界で、日々、一歩でも前に進もうと努力しているから……調性のある音楽を書くということは、やっぱりホッとする喜び……武満さんも、バリバリの現代音楽に混じって調性のある豊かで美しい曲を残していますが……今の現代作曲家は、もうそういうこともやりにくい地点にいる……

要するに、調性感の豊かな作品で勝負するということは、もうかなりできにくい状況が生まれていて、そういう曲は書きたくても書けない……外側からの制限というよりは、むしろ自分の内部からの制限がキツいのでしょう……だから、名前を隠して調性感豊かな音楽をたっぷり書ける……この佐村河内さんの提案は、新垣さんにとっては、とても楽しい息抜きの機会だったことは想像にかたくない……ということで、この「まずい関係」がずるずると18年も続いてしまった……

新垣さんが、会見で、「ボクも共犯者」と語った部分が、私にはいちばん印象に残りました。もし、彼が、佐村河内氏のために書いた自分の作品を「勝負作」と捉えていたら、絶対にこんな発言は出てこなかったでしょう。というか、「著作権を主張する」ということになったかも。しかし、あの作品は、彼自身も、密かに「調性のある音楽」を楽しむ場だった……やっぱり、「音楽そのもの」に対してうしろめたい気持ちはずっと持っておられたのではないか……

「共犯者」という発言は、そういう事情を如実に語っているものではないかと思います。彼が佐村河内氏に書いて渡した作品は、彼にとっては息抜きの、いわば「勝負の間のおアソビ」みたいなイメージだったのに、そういう作品が世間で話題になり、どんどん広がっていく……最初の頃は、たしかに、「世間に受けいれられる喜び」は大きかったんでしょう。しかし、度を越したフィーバーみたいになっていくと、これはさすがにまずいのではないかと……

要するに、ポイントは、「もう終わってしまった曲」を世間に出して、それに世間の人が「名曲だ!」という評価を与えてしまったこと……ここが、彼としてはいちばん気になったし、「罪をおかしている」という気持ちにさせられたところではないかと思います。そして、その罪は、世の人に対して……というよりも、実は、音楽そのものに対する罪……もう終わってしまった音楽を、今発表して、それが世に受け入れられる……これは、「音楽」で世を欺くことにほかならない……

つまり、彼は、やっぱり、「根っからの現代音楽家」なんだと思います。現代音楽に課せられた課題を認識し、その課題を、志を同じくする人々となんとかして、少しずつ砕き、積み上げ、少しでも「音楽」の世界を先に進ませたい……それが、彼の中核の希望であって、私は、それはとても純粋なものだと思う。世間に受け入れられ、世の人を楽しませたり感動させたり……むろん、それも大切だけれど、それは、本当の「今の音楽」によってなされなければ意味がない……

もうとっくに終わってしまった「過去の音楽」の集積によってそれがなされたとしても、それは「音楽」に対する裏切り行為でしかない……はじめは、密かな自分の楽しみとして、ちょっと脱線してもまあ許されるだろう……と思ってはじめたことが、佐村河内氏というキャラクターによってどんどん拡大され、自分は、音楽で音楽を裏切る行為をやってしまって、それがますますひどくなる……これは、純粋な気持ちの現代音楽家には到底耐えられないことだ……

ことの次第は、ほぼこういうことだったのではないか……だから、彼が「共犯者」というとき、その「罪」は、自分がいちばん大事にしなければならない「音楽の道」を汚した罪……そこには、やっぱり「音楽」の持つ現代性といいますか、最先端を行く人の「音楽」と、今の一般の人の楽しむ「音楽」の大きな乖離が現われているように思われる。そして、それは、もう少し大きく……西洋の「19世紀」というものの持つ意味と、さらに「普遍」の問題が、やっぱり絡んでくるように思われます。

したがって、この騒動は、より広い観点から見た場合、単なる「偽作事件」ではすまない、大きな現代的問題を孕んでいると見た方がいいように思います。と同時に、「イメージと本質」というさらに普遍的な問題にもつながっていく。ヨーロッパ中世にさかんだった「普遍論争」のことも思いおこされます。「普遍」が佐村河内氏という一人の人物によって「個」として「存在」してしまった……イメージは実体なのか、無なのか……はたまた、実体の方が無なんだろうか……

今はまだ話題としてホットですが……しばらくすると、こういうようなもう少し大きな観点からこの事件を分析する人がきっと出てくると思います。どんな論が出てくるのか……ちょっと楽しみです。

*本のイラストで、左開きの表紙にしてしまった……「えっ! 横書き?!」というコピーをつけてごまかしましたが、これはまことに恥ずかしいマチガイでした……